投資で家族の未来を考える

投資活動を通じて、自身の幸せに追求と家族の未来について考えるブログ。日々の運用日誌・備忘録も兼ねて継続中。

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自身が幼少だった頃における両親のファイナンス事情

この画像はタイトル画像で身の上話についての記事です。

こんにちは、タケヨーです。

首都圏が緊急事態宣言下であったことから、実家への帰省を控えて過ごした大型連休となりました。

また、福岡市内に住む同郷中学校の同級生もギリギリになって実家への帰省を断念した、と教えてくれました。

お金の問題ではなく風評の観点からでしょうし、想像に易いものです。

流石に実家の両親と連絡も取らないのは良くないと考えに至り、先日双方の近況報告と共に雑談の機会を設け、その際に兼ねてから興味のあった「私が幼少だった頃における、両親のファイナンス事情」について聞くことが出来ました。

私自身の身の上話ですが、興味があればご一読頂けますと幸甚です。

バブル景気に乗っかった生家の購入

私が生まれたのは1985年(昭和60年)で、長男として生まれました。

その2年後には次男が生まれ、同時に母方の母=私と弟から見れば祖母・父から見れば義母との同居を行い、5人で世帯を形成していました。

複数世帯で同居という、20〜30年程前であればよく見られた光景だと思います。

最初に購入した生家は、最寄り駅から徒歩40分以上掛かる郊外での中古一軒家だったと聞いています。

(というのも0歳〜3歳くらいまでしか住んでいなかったらしく、あまり記憶が有りません)

私が3歳くらいの時に、バブル景気が到来します。

その時に、下記の様な手法で住処を変更=引っ越ししたそうです。

  • 最初に住んでいた中古住宅は約2,000万円で購入、バブル景気で2,500万円まで高騰した為売却。
  • その売却金及び利益を持って、新築住宅(現在の実家)を約4,400万円で購入。

実家は最寄り駅から徒歩20分、少々近くなりましたが正直「なんでこんなところに家を買ったのか?」と高校生の頃は両親を恨みました。

徒歩20分というのは、雨の日だと中々憂鬱なものです。(雨でびしょ濡れになるので)

で、ここまでは過去にも聞いたことがあったのですが、下記のことを聞いたことが無かったので今回思い切って聞いて見ました。

両親が35歳前後の頃、貯金はいくらあったのか

上記に記述した様に、(不動産屋の口車に乗せられたのか否かは分かりませんが)ぱっと見「結構ファイナンスについて考えていたんだろうな」と思っていました。

金額も大きいですし、中々踏み出さない様な買い方だと私は思っています。

なので、先日両親へ「35歳前後の頃にはいくらくらい貯金があったのか」を聞いてみました。

すると母より「貯金は無かった。新築住宅を購入の際、不動産屋等へ支払う手数料等(登記簿作成費用等)が捻出出来ず、銀行へフリーローンで約200万円くらい借りたくらいだから」と教えてくれました。

私「…そ、そうだったのか〜!!」

どおりで欲しいゲーム機も買ってもらえず、「我が家は貧乏。よそはよそ、うちはうち」と言われながら育った訳です。

今思い返せば自家用車を購入した時(私が10歳くらいの頃)に、生命保険の満期解約でまとまったお金が用意出来たから買った様なことを言っていた記憶を思い出しました。

つまり、この上無く「自転車操業」に近い状態だったのですね。

それでも何とか生きていけたし、兄弟共に私立高校を卒業させてくれた

上記の状態であったにも関わらず、私と弟を共に私立高校卒業→私は自動車整備の専門学校を卒業・弟は大学を卒業し、双方共に企業で正社員として社会人生活を営んでいます。

また、双方共に既に家を出てそれぞれ家庭を築いて生活を営んでいるので、両親からすれば一安心していることでしょう。

お金が無い(と言っても消費者金融から借金したことは無いらしい)と言いつつ、無いなら無いなりの生活をするのが人間の素晴らしい適応能力です。

まさかそれを知らずのうちに幼少〜青年期に自然と学んでいたとは、やはり両親には頭が上がりません。

現状の自身と比較したらどうか

現在の私と比較した場合、どうでしょうか。

この画像は自身の両親が35歳だった頃の事情を表示した画像です。

両親が35歳だった頃

この画像は自身の事情を表示した画像です。

自身の場合(35歳)

この画像は現状の資産ポートフォリオです。

自身の資産ポートフォリオ(現状)

金銭面へクローズアップして見てみましょう。

両親の場合は貯金がほぼ¥0で、持ち家の資産価値に頼る部分に全てを占めています。

持ち家の場合資産価値は年を重ねるごとに下がります。

加えて私の実家は埼玉県とはいえ最寄りの駅まで徒歩20分、東京の都心まで約1時間掛かる様な立地です。

将来的な統計データ上では消滅都市にも選定されており、地価の高騰といったことには期待出来ない地域でしょう。

対して、私の場合は資産として株式投資や暗号通貨を保有しています。

これらは運用次第ですが、価値の低下というのは長期目線で見た場合起こりにくい傾向に有るとも言えます。

あくまで運用次第ですが、ハイパーグロースや高リスク銘柄を好んで買付・保有しているつもりは無いので、将来的には価値が高まると考えています。

金銭面以外の部分を考察していきます。

私達夫婦にはまだ子宝が有りません。

なので家も狭くて良いですが、いかんせん夫婦間の会話というのはどうしても少なくなりがちです。

ツーカーの関係性といえば良いのか、そこまでお互いに干渉せずとも上手くやっていける様に年々なりつつ有ると思っています。

対して両親の場合、私と弟がいたので家の中はにぎやかだったと思います。

祖母も同居していたことから、子育てはほとんど祖母にして貰った記憶が強いですので、手間も掛からずに割とにぎやかに育ったのでは?と客観的には感じています。

結論付けすると、下記の様にまとめられる

  • 金銭面では私のほうが上手く運用出来ていると感じている。但し、実家での質素倹約を努めた生活が根底に有るので、両親の生活水準を否定する気にはなれない。むしろ自転車操業の様な状態で、良く双方の子供を一般社会人にまで送り出したなと、やはり感服する部分が強い。
  • 子育てという決してお金には変えられない時間を現在の私達よりも一足早く経験している部分は、やはり両親にアドバンテージがあったと思う。子宝は授かりものではあるが、私達夫婦も出来れば授かりたいものではある。

やはり両親には感服しますし、偉大な存在です。

お金は無ければ無いなりの生活をするということを、実は実家に住んでいた時から経験していたはずなのですが、最近どうも忘れがちであった自身が恥ずかしい限りです。

お金で将来の不安や悩みは解決出来るかも知れないですが、お金で解決出来ないことの方が実は沢山有るということも今後少しずつ知っていく必要が有ると感じました。